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ひとりごと&一年前の事

またしてもスポンサーサイトが表示されてから更新に来ました、ゆさです。
今回はちょっと重たい内容です。

理想と現実のギャップにずっと悩んでいた事と、約一年前の同人仲間とのトラブルについて、
私なりに色々考えた事などを綴っていきます。
我ながらしつこいと思いますが、それだけ衝撃を受けた出来事だったんです。
ただこれらの件に関して、様々な本を読みまくって、本当に色々考えたので、
私が今後より良く生きていく為にも、きっと意味はあるのだと思います。

ごく私的な内容なので、以下折り畳んでおきます。
(「続きを読む」が表示されない方向けに、10行分下げてあります)
よろしければ、お付き合い頂ければ幸いです。











お付き合い頂き、ありがとうございます。
不快に感じられる記述がありましたら、ごめんなさい。



『比べてしまう生き方』で、ずっと悩んできました。
理想通りに生きられない自分がダメ人間に思えて、落ち込んで鬱になってしまい、動けなくなってしまうのです。

理想:
『結婚してもフルタイムの仕事を続けて、子供は2人以上。もちろん子育ては上手くやる』

現実:
『専業主婦、子供は1人。育児ノイローゼ&鬱病で通院中』

しかし理想については、母から言われ続けてきた刷り込み&世間からの無言の圧力であって、
私自身が望んでいた事ではなかったのだと、最近気付きました。

私自身の理想:
『趣味に生きたい。在宅で小遣いを稼ぐ。実家が機能不全家庭だったので、安定した家庭を築きたい』

私は結婚前にパワハラで病休に追い込まれたという事情があり、外で働く事に強い抵抗があります。
それを知りながら、母は執拗に外で働く事を迫るのでした。
曰く「離婚したらどうする」「誰だって我慢して働いてる」「パワハラくらいどこでもある」等々。
母を擁護するなら、勤め続けたかったけれど夫の転勤で辞めざるを得なかった自分の無念を
娘に晴らして貰いたい気持ちがあるのだと思います。
そして夫にだけ外で働いて貰って、自分は専業主婦というのは、確かに後ろめたくあるのです。
「僕も専業主婦になって欲しいと思っていたから、それでいい」と、夫はそう言ってくれるのですが。
私自身に外で働いていた経験があり、外で働く苦しさを知っているだけに、
尚更外で働けない自分を不甲斐なく、そして申し訳なく思うのです。
そして奇妙な事に、この不全感は他者には発動しません。
私の中で、他の人が専業主婦をやっているのはOKなのに、私だけがダメなのです。
どうしてこんな自罰的な考え方から抜け出せないのか、不思議で仕方がなかったけれど。
これは母や世間の期待に応えられていない罪悪感なのだという考えに至って、ようやく納得がいきました。

仕事・結婚の有無については、たとえどの道を選んだとしても、
あれこれ悩んでしまうのは避けられないだろうな、とも思います。
もし結婚しなければ、寂しさや不安があるでしょうし、
結婚すれば、他人と同居する不自由さや親族付き合いの煩わしさは避けられません。
結婚しても仕事を続けるならば、経済的余裕と引き換えに時間的余裕は無くなるでしょう。
結婚も仕事もしないなら、周りから圧力が掛かるでしょうし、経済面での問題も出てきます。
ある程度は自分の意志で選べるからこそ、選ばなかった他の道が気になって仕方がない。
今の時代に特有の悩みなんだろうなあって思います。

少年漫画やゲームなどでは「あきらめない」事が美徳として描かれます。
若いうちはそれで良いのでしょうが、ある程度年齢を重ねてからは、
「あきらめる」事こそ大切なんじゃないかなと、最近そう思うのです。
辿り着いた場所は、目指していた場所とは違ったけれど、ここはここでいい、と。
だって、私なりに本気出してやってきて到達した場所なのですから。
思えば長い間、私は幸せになる事それ自体を無意識に避けていたような気がします。
目標地点に到達出来なかったくせに、努力が及ばなかったくせに、
幸せになってはいけないのではないか……と。
勝者になれない自分はダメだと思い込んでいる喚子鳥ストレイボウは、私自身の姿です。
私は、母や世間から求められた目標は成し得ませんでした。
達成出来ている人も居るし、そういう人は凄いと思います。けれど私はこの辺で十分。
もっと手の中にある幸せに目を向けようよと、日々己に言い聞かせている、そんな現状です。



独り言はもう少し続きます。
一年前に同人仲間とトラブルがあり、それについて私なりのまとめを記しておきたく思います。
私が育児の悩み等々をツイッター上で愚痴っていたのをきっかけに、
Cさんという方から「もう貴女の醜さ見たくない」と、絶縁宣言されました。
約一ヶ月後に私の想いを綴った手紙を送ったのですが、受取拒否で戻ってきました。
ここだけ書くと青天の霹靂のような出来事ですが、よくよく振り返ってみると、
以前にもきつい口調のメールを頂いたり、私はもっと前々からCさんに嫌われていたのかな……と
思えるふしがありました。

Cさんは時々、お仕事の愚痴などをブログに書かれていました。
そしてこれは受け取る私の側の問題だと重々承知しているのですが、
Cさんの苦労しておられる様子を見聞きする度、当時の私は
「専業主婦は気楽でいいね」と、責められているような感じがしてしまっていたのです。

もちろんCさんご自身には、そんな意図は無かったと思います。
そう感じるのは私側の問題だと書きましたが、
私から見たCさんは、私が出来ない事(外で仕事を続ける)を持っている方でした。
外で仕事を続けている友人は他にも居ますが、私が特にCさんに嫉妬心を抱いたのは、
色々お話を聞いた中で、かつての私と状況が似ていたからです。
私が乗り越えられなかった壁をこの人は乗り越えてきたのだという、
ストレイボウにも似た敗北感がありました。

しかしCさんの側からすれば、私の方こそ彼女が望むものを持っていた、
私は無自覚なオルステッドだったのかも知れません。
あれからずっと考えて、Cさんは私の愚痴に、もしかしたら私が責められてると感じたのと
同じものを味わわれていたのかも、という推測に至りました。
加えて私は、夫婦仲の良さを自慢する発言も時折していました。
仕事を続ける努力をしている人に対して、私が誇れるものはそれだけです。
自分の内側にある、外で働いていない事への後ろめたさを払拭したくて、
「家庭を維持する為に頑張っている私」を、表現せずにはいられなかった。
自分に自信が無いからこそ、泣きながらする自慢だったのです。
(仕事の愚痴を書き込む行為というのも、「頑張っている私を分かって欲しい」という願いが
意識の奥底にあるのではないでしょうか。根っこは同じではないかと思います)
……ただこのような私の複雑な感情を、全部理解しろという方が無理な話ですね。
そうだとしたら、嫌われても仕方なかったなと、今となってはそう思います。

それから、Bさんが「ゲロを撒き散らすな」という発言をされた件。
私は確かに公共の場で愚痴るという失敗をしましたが、
このような表現をされるのは、どうしても見過ごせませんでした。
批判されるべきは私の行動であり、私の人格ではないのです。

許せなかった根っこの理由は、私のトラウマ体験にあります。
かつて私は仕事で不足金を出すという失敗をし、
局長から「今後犯罪者を出してはならない」と、朝礼で晒し者にされました。
その時の私は「私が失敗したのは事実だから、何を言われても仕方ない」と泣き寝入りし、
後に心身を病み、PTSDから鬱病に罹って退職する事になりました。
局長のとった行動はもちろん行き過ぎのパワハラであり、人格攻撃ですが。
心因反応を引き起こして病休に至るまで状況を悪化させてしまったのは、
私の生育歴から来る自尊心の低さが、局長への反撃を阻害してしまったからという一面もあります。
だから私は、鬱病の回復過程において、自分に何度もこう言い聞かせました。
「失敗した人には何を言ってもいい訳では無い。今度人格攻撃をする人に会ったら、
その時は自分をちゃんと守ろう。守っていいんだよ」と。
そして後のBさんの言動に対して、それを遂行した訳です。

あのような言い方をしてきたBさん側の事情とは、
これまで「そういう言い方は良くない」と注意してくれる人が居なかったのかも知れないし、
私が嫌いだからかも知れないし、まあ恐らく両方あるのだろうと思います。
結局、「私に事情があるように、相手にも事情があり、それらが行動に表れる」
という考え方が一番しっくりくる感じがしました。

真実は闇の中ですが、私自身の心の平穏の為に、まとめてみました。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

     
プロフィール

ゆさ紅羽

Author:ゆさ紅羽
オルストとサエ亮を愛する
同人字書き屋さん
サークル名は「喚子鳥」
(よぶこどり)
人妻になろうが母親になろうが
相も変わらず腐女子驀進
そんな紅羽がお送りする
日々の妄想の記録がこちら
どうぞよろしく!

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